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医療法人のM&A実務(売却編)⑯:売却後の処遇交渉:売り手の引退後の役割

医療法人のMアンドA:売却後の「引退スタイル」と処遇交渉のポイント

売却後、売り手がどのような役割を果たすかは、重要な交渉事項です。完全引退から段階的引退まで、様々な選択肢があります。

本記事では、売却後の処遇の選択肢と交渉のポイントについて解説します。

完全引退vs段階的引退

売却後の関わり方には、大きく2つのパターンがあります。

完全引退

クロージング後、直ちに一切の関与を終了し、引継ぎ期間(1-3ヶ月程度)のみ協力します。その後は自由な時間を過ごせます。

メリットは、完全に医療から離れられる、新しい生活を始められる、責任から解放されることです。デメリットは、患者が急激な変化に戸惑う、スタッフの不安が大きい、収入が完全になくなることです。

高齢で体力的に限界、健康上の理由で即座の引退が必要、移住等の予定がある場合に適しています。

段階的引退

一定期間、診療や経営に関与し、徐々に関与を減らしていき、最終的に完全引退します。

メリットは、患者・スタッフへの影響が小さい、新院長への引継ぎがスムーズ、収入が継続することです。デメリットは、完全に自由にはなれない、新旧院長の関係調整が必要、役割が曖昧になりがちなことです。

まだ診療を続けたい、患者との関係を大切にしたい、経済的に収入が必要な場合に適しています。

顧問契約の内容と報酬

段階的引退の場合、顧問契約を締結することが一般的です。

顧問の役割

診療面では、週○日の外来診療、専門外来の担当、難症例のコンサルテーション、若手医師の指導などを行います。

経営面では、経営アドバイス、地域医療機関との関係維持、行政対応の支援などを担当します。

契約期間

1年契約(更新可能)が最も一般的です。2-3年の期限付き、段階的に関与を減らす設計も可能です。

報酬の設定

勤務日数ベースでは、週2日勤務で月額○○万円、週1日勤務で月額○○万円などとします。

業務内容ベースでは、診療のみ月額○○万円、診療+経営助言で月額○○万円などとします。

市場相場は、週1日で月額30-50万円程度、週2日で月額60-100万円程度です。

契約内容に盛り込むべき事項

業務内容(診療日時、診療時間、その他の業務)、報酬(月額または年額、支払日)、契約期間(開始日と終了日、更新の有無)、権限と責任(管理者ではないこと、経営上の責任は負わないこと)を明記します。

診療継続の可能性と条件

売却後も診療を継続する場合の条件です。

常勤として継続

週4-5日勤務し、管理者ではない立場で、雇用契約または業務委託契約を結びます。給与水準は勤務医相当(月額80-150万円程度)で、売却価格との調整が必要です。

非常勤として継続

週1-3日勤務し、特定の曜日・時間帯で、業務委託契約が一般的です。報酬水準は日給5-15万円程度、または時給1-3万円程度です。

専門外来の担当

得意分野の外来のみ担当し、週半日-1日程度、新院長では対応困難な患者を担当します。

メリットは、専門性を活かせる、負担が少ない、患者の継続性確保ができることです。

競業避止義務の具体的範囲

競業避止義務の具体的な内容を確認します。

地理的範囲

クリニックから半径2-3km以内、○○市内、同一医療圏内など、合理的な範囲に設定します。過度に広範囲は無効リスクがあります。

禁止期間

2-5年が一般的で、診療科により調整します。10年以上は無効リスクがあるため、合理的な範囲に限定します。

禁止される行為

同一診療科での新規開業、競合クリニックの買収、競合クリニックへの勤務(非常勤も含むか要確認)、患者の引き抜き、スタッフの引き抜きなどを禁止します。

例外規定

合意による例外として、買い手の書面による同意、個別の協議により決定します。 地理的例外として、禁止区域外での開業は可、遠隔地での診療は問題なしとします。 診療科の例外として、異なる診療科での開業は可、専門分野が明確に異なる場合は問題なしとします。

理事・社員としての残留の是非

持分譲渡の場合、法人の理事・社員として残るか検討します。

理事として残留

メリットは、法人運営に関与できる、一定の影響力を維持、報酬を得られることです。デメリットは、責任が継続する、経営判断への関与が必要、新経営陣との調整が必要なことです。

社員として残留

メリットは、社員総会での議決権、重要事項への関与ができることです。デメリットは、新旧の対立リスク、意思決定の遅延があることです。

完全に退任

メリットは、責任から完全に解放、しがらみがなくなることです。デメリットは、影響力を失う、法人の動向を把握できないことです。

実務での判断

推奨は完全退任です。新経営陣に全権を委ね、トラブルを避け、すっきりした関係を築けます。 例外として一定期間のみ残留する場合は、移行期間(1-2年)のみアドバイザー的立場で関与し、その後は完全退任します。

処遇交渉のポイント

売り手の希望の明確化

優先順位として、完全引退したいのか、診療を続けたいのか、収入がどの程度必要かを明確にします。

買い手のニーズ把握

引継ぎ期間の必要性、患者への配慮、スタッフへの影響などを確認します。

Win-Winの関係構築

双方のニーズを満たす、柔軟な条件設定、段階的な見直し条項を設けることが重要です。

契約への明記

口頭合意は避け、契約書に詳細を規定し、紛争予防を図ります。

売却後の生活設計

売却後の生活を見据えた処遇交渉が重要です。

経済的な必要性

老後資金が十分か、年金受給までの期間、配偶者の収入などを考慮します。

体力・健康状態

診療を継続できる体力があるか、健康上の制約はないか、通勤の負担などを確認します。

やりがい・生きがい

医療から完全に離れたいか、患者との関係を続けたい、社会貢献を続けたいかを考えます。

家族の意向

配偶者の希望、子供や孫との時間、趣味・旅行の計画なども重要な要素です。

実際の処遇事例

事例1:完全引退(70歳・内科)

売却と同時に完全引退し、引継ぎ期間2ヶ月のみ週2日勤務しました。報酬は月額30万円で、その後は悠々自適の生活を送っています。

事例2:段階的引退(65歳・整形外科)

1年目は週3日勤務(月額80万円)、2年目は週2日勤務(月額50万円)、3年目は週1日勤務(月額30万円)と段階的に減らし、3年後に完全引退しました。

事例3:専門外来継続(68歳・皮膚科)

一般外来は新院長に任せ、専門外来(皮膚腫瘍)のみ週1日継続しています。報酬は月額40万円で、やりがいを感じながら負担なく働いています。

まとめ

売却後の処遇は、完全引退から段階的引退まで様々な選択肢があります。自身の年齢、体力、経済状況、患者への思いなどを総合的に考慮して決定しましょう。

顧問契約を締結する場合は、業務内容、報酬、期間などを明確に契約書に規定することが重要です。曖昧な合意はトラブルの元となるため、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に交渉を進めましょう。

次回は、「クロージング(譲渡実行)の実務:最終段階の手続きと注意点」について解説します。

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中村 弥生(なかむら やよい)

渋谷区の医療法人の事務長として、総務・経理・各種手続き業務を統括。
退職後、税理士事務所勤務を経て、2006年に行政書士事務所を開業。以来、医療法人専門の行政書士事務所として業務を行っている。
行政書士向けに「医療法人の行政手続き実務講座」を開講。
2025年1月、書籍「はじめてでもミスしない いちばんわかりやすい医療法人の行政手続き」を出版。

【実績】 医療法人の設立100件以上、定款変更300件以上。保健所、厚生局手続き300件以上。役員変更や決算届出等2,000件以上。

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