医療法人のM&A実務(売却編)⑰:クロージング(譲渡実行)の実務:最終段階の手続きと注意点
最終契約締結後、いよいよクロージング(譲渡実行)です。クロージングは売却プロセスの最終段階であり、最も緊張する場面でもあります。
本記事では、クロージング前の最終確認、当日の流れ、引継ぎ期間の設定について解説します。
クロージング前の最終確認事項
クロージング直前に、以下の事項を最終確認します。
前提条件の充足確認
行政手続きとして、保健所や厚生局の手続き完了、その他必要な手続きを確認します。
第三者の同意として、不動産賃貸人の承諾書取得、金融機関の承諾(該当時)、重要な取引先の同意を得ているか確認します。
表明保証の再確認として、契約締結後に状況変化がないか、重大な事実の発生有無、財務状況の悪化有無を確認します。
必要書類の準備
売り手が用意するものは、代金受領用の印鑑証明書、譲渡対象資産の権利証等、引継ぎ資料、各種契約書の原本です。 買い手が用意するものは、代金(振込準備完了の確認)、印鑑証明書、必要な許認可の写しです。
スタッフへの最終説明
クロージング日の確定、雇用条件の最終確認、質問への回答、不安の解消を行います。
患者への最終告知
院内掲示の最終版、予約患者への個別連絡、かかりつけ患者への手紙などで告知します。
クロージング日の調整
クロージング日は、様々な要素を考慮して決定します。
時期の選定
月末・月初は避けるのが一般的です。診療報酬請求との関係、給与計算の都合、会計処理の複雑化回避などのためです。 月中が理想的で、15日前後が多く、診療への影響が少ないタイミングです。 年度との関係では、決算期を避け、税務上の考慮も必要です。
曜日の選定
休診日が理想で、水曜日や日曜日など、診療への影響がなく、関係者が集まりやすい日を選びます。 平日日中は、銀行営業時間内で、振込確認が可能です。
所要時間
標準的には2-4時間程度で、書類確認と署名押印、代金決済、鍵・資料等の引渡しを行います。
場所の選定
一般的な場所は、クリニック、買い手の事務所、仲約会社の会議室、弁護士事務所などです。
譲渡対価の受領方法
代金の受領は、クロージングの最も重要な場面です。
振込による受領
手順は、買い手が銀行で振込手続きを行い、売り手が着金を確認し、確認後、鍵・資料等を引渡します。 注意点は、銀行営業時間内に実施し、着金確認まで引渡ししない、振込手数料の負担(通常買い手)を確認することです。
エスクローの利用
エスクローとは、第三者(銀行等)が代金を一時預かり、条件充足後に売り手に支払う仕組みです。 メリットは、双方の安心、トラブル防止です。デメリットは、手数料が必要、手続きが複雑なことです。
各種契約・許認可の名義変更
クロージング後、速やかに名義変更を行います。
不動産関係
賃貸借契約は、賃貸人への通知、契約書の巻き直し(事業譲渡)、敷金・保証金の承継を行います。
設備・機器関係
リース契約は、リース会社への通知、名義変更手続き、引き続きの支払いを行います。保守契約も同様です。
公共料金
電気・ガス・水道の名義変更手続き、メーター検針の調整、保証金の扱いを確認します。電話・インターネットも名義変更します。
保険関係
火災保険は、名義変更または新規加入し、補償内容を確認します。賠償責任保険は新規加入が必要で、過去の事故への対応を確認します。
引継ぎ期間の設定
クロージング後の引継ぎ期間を設定します。
期間の目安
標準的な期間は1-3ヶ月で、診療科や規模により調整します。短い場合は1ヶ月(シンプルな診療所)、買い手が経験豊富な場合です。長い場合は3-6ヶ月(複雑な診療所)、専門性の高い診療、多数のスタッフの場合です。
引継ぎ内容
診療面では、患者の引継ぎ(特にかかりつけ患者)、診療の進め方、特殊な治療・検査の方法、医療機器の使用方法を引き継ぎます。
経営面では、診療報酬請求の実務、スタッフ管理のノウハウ、取引先との関係、地域医療機関との連携を引き継ぎます。
実務面では、電子カルテの使用方法、予約システムの運用、在庫管理の方法、会計処理の実務を引き継ぎます。
引継ぎ方法
同席診療として、新旧院長が一緒に診療し、患者への紹介、実地での指導を行います。
定期ミーティングとして、週1回程度の振り返り、問題点の共有、改善策の協議を行います。
マニュアル作成として、診療の手順書、緊急時対応、よくある質問集を作成します。
引継ぎ報酬
無償の場合は、売却価格に含まれる、売り手の協力義務として扱います。有償の場合は、日当または月額で支払い、顧問契約として整理します。
クロージング後のフォロー
クロージング後も、一定期間のフォローが必要です。
問い合わせ対応
期間は3-6ヶ月程度で、緊急時の連絡先を共有します。内容は、診療上の質問、患者からの問い合わせ、行政対応のアドバイスなどです。
補償条項の履行
表明保証違反が発覚した場合の対応、補償金の支払いを行います。簿外債務が判明した場合の負担、売り手の補償義務を果たします。
関係維持
良好な関係として、定期的な連絡、困ったときの相談、地域での評判維持を心がけます。
クロージング時のトラブル事例
事例1:代金振込の遅延
振込手続きのミスで着金が遅れ、クロージングが延期になったケース。事前の入念な確認と、銀行営業時間の余裕を持った設定が重要です。
事例2:鍵・資料の不足
引渡すべき鍵や資料が不足し、後日の受渡しが必要になったケース。事前にチェックリストを作成し、漏れがないよう確認が必要です。
事例3:スタッフの反発
クロージング当日にスタッフが退職を申し出たケース。スタッフへの十分な事前説明と、雇用条件の丁寧な説明が不可欠です。
まとめ
クロージングは、売却プロセスの最終段階であり、最も緊張する場面です。前提条件の充足確認、必要書類~準備、代金受領の確認など、一つ一つを慎重に進めましょう。
クロージング後の引継ぎ期間も重要です。患者・スタッフへの配慮を忘れず、新院長がスムーズに診療を開始できるよう、全面的に協力することが、売却の成功につながります。
次回は、「事業譲渡における行政手続きの全体像とスケジュール」について解説します。






