医療法人のM&A実務(売却編)⑬:デューデリジェンス(DD)への対応:準備すべき資料と心構え
基本合意締結後、買い手によるデューデリジェンス(DD)が始まります。DDは、買い手がクリニックの実態を詳細に調査するプロセスで、売却の成否を左右する重要な段階です。
本記事では、DDの種類、準備すべき資料、対応の心構えについて解説します。
デューデリジェンスの種類と目的
DDには複数の種類があり、それぞれ異なる専門家が担当します。
財務DD(Financial Due Diligence)
公認会計士や税理士が担当し、2-4週間程度かけて実施します。過去3-5年の財務諸表の正確性、利益の持続可能性、簿外債務の有無、税務リスクの確認などを調査します。
法務DD(Legal Due Diligence)
弁護士が担当し、2-4週間程度かけて実施します。許認可の適法性、契約関係の確認、訴訟・紛争の有無、コンプライアンス状況などを調査します。
ビジネス・診療DD(Business/Clinical DD)
医療コンサルタントや医師が担当し、1-2週間程度で実施します。診療内容の適切性、患者基盤の質、医療機器の状態、診療報酬請求の適正性などを確認します。
人事労務DD(HR Due Diligence)
社会保険労務士が担当し、1-2週間程度で実施します。労働契約の適正性、未払残業代の有無、社会保険の加入状況、就業規則の整備状況などを調査します。
不動産DD(Real Estate DD)
必要に応じて実施します。不動産鑑定士が担当し、賃貸借契約の内容確認、建物の状態評価、環境リスクの確認などを行います。
準備すべき資料リスト
DDでは膨大な資料が求められます。事前に準備しておくことが重要です。
財務関連資料
過去3-5年分の確定申告書、決算書(貸借対照表、損益計算書等)、月次試算表(直近12ヶ月分)、総勘定元帳、現預金の残高証明書、売掛金・買掛金の明細、棚卸資産の明細、固定資産台帳、借入金の返済予定表などを用意します。
法務関連資料
定款・寄附行為、登記事項証明書、社員名簿、理事会・社員総会の議事録(過去3年分)、診療所開設許可証、保険医療機関指定通知書、各種施設基準の届出書、不動産賃貸借契約書、設備リース契約書、保守契約書、訴訟・紛争に関する資料などを準備します。
診療関連資料
患者数推移データ(月次、診療科別)、診療報酬明細(レセプト統計)、カルテのサンプル、医療機器リストと保守記録、医薬品・医療材料の在庫リスト、医療安全に関する記録、院内感染対策の記録などを用意します。
人事労務関連資料
スタッフ名簿、雇用契約書、給与台帳、就業規則、社会保険・労働保険の加入記録、36協定届、健康診断の実施記録などを準備します。
その他
事業計画書(あれば)、マーケティング資料、保険契約書(火災保険、賠償責任保険等)、過去の税務調査結果などを用意します。
資料の整理方法
膨大な資料を効率的に提供するため、整理が重要です。
バーチャルデータルーム(VDR)の活用
電子データ化できるものはPDF化し、フォルダ構成を明確にします。アクセス権限を設定し、閲覧履歴を記録できるシステムを使うと便利です。
紙資料の整理
カテゴリー別にファイリングし、インデックスを作成します。原本とコピーを区別し、原本は必要な時のみ提供します。
資料リストの作成
提供資料の一覧表を作成し、各資料の所在を明確にします。未提供資料や提供できない資料も明記します。
DDでよく指摘される問題点
事前に確認し、対策を講じておくべき問題点があります。
財務面での問題
簿外債務(未払残業代、未払税金等)、個人経費の混在、不良債権の存在、在庫の過大計上、減価償却の誤りなどが指摘されやすいです。
法務面での問題
許認可の不備、契約書の不備、就業規則の未整備、議事録の不備、法令違反(広告規制等)などが問題になります。
診療面での問題
診療報酬の不適切請求、カルテ記載の不備、医療安全管理の不十分さ、施設基準の実態との乖離などが指摘されます。
労務面での問題
未払残業代の存在、社会保険未加入、36協定未届、労働時間管理の不備などが発覚しやすいです。
DD期間中の売り手の対応
DD期間中は、通常業務と並行して対応が必要になります。
質問への迅速な回答
買い手やDD担当者からの質問には、可能な限り迅速に回答します。回答が遅れると、買い手の不信感につながります。
追加資料の提供
要求された資料は速やかに提供します。提供できない資料がある場合は、理由を説明します。
現地調査への協力
クリニックの視察、環境や設備の確認などに協力します。ただし、通常業務に支障が出ないよう、時間帯を調整します。
問題点の説明
DDで問題が指摘された場合、隠さずに説明します。改善計画があれば提示し、誠実な対応が信頼につながります。
問題が発覚した場合の対処法
DDで問題が発覚することは珍しくありません。重要なのは、その後の対応です。
軽微な問題の場合
速やかに是正措置を取り、是正計画を提示します。価格への影響は限定的です。
中程度の問題の場合
是正に時間がかかる場合は、売却価格の調整を検討します。買い手と協議し、±5-10%程度の調整で合意することが多いです。
重大な問題の場合
簿外債務が多額、許認可に重大な問題、診療報酬の大規模な返還リスクなどの場合、売却価格の大幅な減額、または取引の中止になることもあります。
対応の基本姿勢
問題を隠さず正直に説明し、改善策を示します。買い手と協力して解決策を探り、専門家(弁護士、税理士等)の助言を求めることが重要です。
DD終了後の対応
DDが終了したら、次のステップに進みます。
DD報告書の受領
買い手からDD報告書を受け取り、指摘事項を確認します。不明点や異議があれば、速やかに質問します。
価格・条件の再交渉
DD結果を踏まえ、必要に応じて価格や条件を調整します。基本合意書の範囲内(±10%程度)での調整が一般的です。
最終契約書の作成
DD結果を反映した最終契約書を作成します。表明保証の範囲、補償条項などを協議します。
DD対応での心構え
DDを乗り切るための心構えです。
正直であること
問題を隠すと、後で発覚した際の信頼喪失は致命的です。最初から正直に開示することが、結果的に有利になります。
協力的であること
DDは買い手の権利です。嫌な顔をせず、積極的に協力する姿勢が重要です。
冷静であること
細かい指摘に一喜一憂せず、冷静に対応します。すべての指摘が価格に影響するわけではありません。
専門家を信頼すること
わからないことは専門家に相談し、自己判断で回答しないようにします。
まとめ
DDは、売り手にとって試練の時期ですが、誠実に対応すれば必ず乗り越えられます。事前の資料準備、迅速な質問対応、問題の正直な開示が成功の鍵です。
DD終了後は、最終契約に向けて大きく前進します。DD対応での誠実な姿勢が、買い手との信頼関係を築き、円滑な取引につながります。
次回は、「事業譲渡契約vs持分譲渡契約:売却スキームの選択」について解説します。






