医療法人のM&A実務(売却編)⑱:事業譲渡における行政手続きの全体像とスケジュール
事業譲渡では、保健所や厚生局での様々な行政手続きが必要です。買い手が個人医師か医療法人かで、手続きの内容と期間が大きく異なります。
本記事では、買い手の形態別に、手続きの全体像とスケジュールについて解説します。
事業譲渡時に必要な行政手続き一覧
事業譲渡では、売り手と買い手の双方で手続きが発生します。
売り手側の主な手続き
保健所:診療所廃止届、X線装置廃止届、その他の届出(該当する場合)
厚生局:保険医療機関廃止届、施設基準廃止届(届出している場合)
都道府県(医療法人の場合):定款変更認可申請(診療所廃止)、登記(定款変更後)、登記事項届
その他:難病指定医療機関辞退(該当時)、労災指定医療機関辞退(該当時)、介護保険法みなし指定の扱い
買い手側の主な手続き
買い手が個人医師か医療法人かで、大きく異なります。
【ケース1】買い手が個人医師の場合
個人医師が買い手の場合、手続きは比較的シンプルです。
手続きの流れ
保健所:①事前相談(任意だが推奨)→ ②診療所開設(クロージング日)→ ③診療所開設届の提出(開設後10日以内)→ ④保健所による現地確認 → ⑤開設届副本の交付
厚生局:⑥保険医療機関指定申請 → ⑦保険医療機関指定(遡及適用で開設日付け)→ ⑧施設基準届出(必要に応じて)
全体スケジュール(1-2ヶ月)
- クロージング1ヶ月前:事前準備
保健所への事前相談、設備・契約関係の確認、必要書類の準備を行います。 - クロージング当日:診療所開設
売買契約の締結・代金決済を行い、診療所の開設者を変更します。 - クロージング後速やかに:診療所手続き
診療所開設届を保健所に提出し、厚生局に指定申請を行います。遡及適用により開設日から保険診療が可能となります。
個人医師の場合の特徴
メリットは、手続きがシンプルで定款変更・登記が不要なため、比較的短期間(1-2ヶ月)で完了する点です。注意点として、開設届は事後届出となりますが、遡及適用を確実に受けるために保健所への事前相談が推奨されます。
【ケース2】買い手が医療法人の場合
医療法人が買い手の場合、手続きが複雑で時間がかかります。
手続きの流れ
都道府県等(定款変更・登記):①社員総会決議 → ②定款変更素案提出 → ③事前審査 → ④定款変更認可(約3ヶ月)→ ⑤登記申請 → ⑥登記完了 → ⑦登記事項届
保健所:⑧診療所開設許可申請 → ⑨実地検査 → ⑩開設許可証交付 → ⑪診療所開設(クロージング日)→ ⑫診療所開設届提出
厚生局:⑬保険医療機関指定申請 → ⑭保険医療機関指定(遡及適用)
全体スケジュール(6-8ヶ月)
- 1ヶ月目:定款変更素案提出
都道府県へ定款変更の素案を提出し、事前相談・協議を並行して行います。 - 2-3ヶ月目:定款変更認可申請
認可申請書類を提出し、約3ヶ月の審査期間に入ります。 - 4ヶ月目:定款変更認可・登記
認可書交付後、2週間以内に登記申請を行い、完了後に登記事項届を提出します。 - 5ヶ月目:保健所手続き開始
診療所開設許可申請を行います。 - 6ヶ月目:実地検査・クロージング
保健所の実地検査を経て許可証が交付された後、クロージングと診療所開設を実施します。
医療法人の場合の特徴
デメリットとして、定款変更や登記が必須となるため長期間(6-8ヶ月)を要します。一方で組織的な対応が可能というメリットもあります。開設許可は「事前許可制」である点に注意が必要です。
手続きの順序と相互関係
手続きには順序があり、前の手続きが完了しないと次に進めません。
個人医師の場合の手続き順序
保健所手続き(①事前相談 → ②開設 → ③開設届提出 → ④現地確認 → ⑤副本交付)を経て、厚生局での指定申請に進みます。指定申請は開設届受理後(副本交付後)に行う必要があります。
医療法人の場合の手続き順序
都道府県の定款変更手続き(①認可 → ②登記)が完了した後、保健所の許可申請が可能になります。さらに保健所の許可証交付後でなければ開設(クロージング)はできません。最後に開設届を受理された後に厚生局へ指定申請を行います。
保険診療を継続させるためのタイミング調整
保険診療を継続させるための工夫が重要です。
理想的なタイミング
売り手の最終診療日を「月末」とし、買い手の診療開始日を「翌月1日」とするのが理想的です。これにより診療報酬請求の区切りが良くなり、遡及適用も活用しやすくなります。
遡及適用の活用
保険医療機関指定は、開設届提出日に遡って指定される「遡及適用」の制度があります。例えば、売り手が3月31日に廃止し、買い手が4月1日に開設して速やかに手続きを行えば、4月1日に遡って保険診療が可能となります。これは個人・医療法人共通の制度です。
調整のポイント
保健所・厚生局と事前に協議し、遡及適用の可能性を確認しておくことが不可欠です。また、遅延リスクに備えてスケジュールには十分なバッファを持たせましょう。
行政書士等専門家の活用
事業譲渡の行政手続きは複雑なため、専門家の活用が不可欠です。
行政書士の役割
手続き全体の工程表作成や期限管理を行う「全体スケジュール管理」、煩雑な申請書類を一括で作成する「書類作成」、そして行政機関との「事前相談や折衝」を代行します。
依頼のタイミング
基本合意締結後すぐが理想的です。個人の場合は少なくともクロージング1ヶ月前、医療法人の場合は少なくとも6ヶ月前には依頼しましょう。早期依頼によりリスクの早期発見とトラブル防止が可能になります。
行政手続きでのよくあるトラブル
トラブル事例1:スケジュールの見誤り(医療法人)
定款変更認可に想定以上の時間がかかり、クロージング日を延期せざるを得なかったケース。予防策として、6-8ヶ月の余裕を持ったスケジュール設定が必要です。
トラブル事例2:遡及適用の失敗(個人・医療法人共通)
遡及要件の確認不足により適用を受けられず、1ヶ月間保険診療ができなかったケース。確実に手続きを進めるため専門家への依頼が重要です。
トラブル事例3:実地検査の不合格(医療法人)
保健所の実地検査で基準を満たさず、再検査によりクロージングが遅延したケース。事前の入念な自主点検と保健所との綿密な協議が不可欠です。
まとめ
事業譲渡の行政手続きは、買い手が個人医師か医療法人かで大きく異なります。個人医師の場合は1-2ヶ月で完了しますが、医療法人の場合は定款変更などが必要なため6-8ヶ月の長期間を要します。
どちらの場合も、保険医療機関指定の遡及適用を活用することで保険診療の空白期間をなくすことが可能です。医療法人専門の行政書士に早期から相談し、万全の準備で進めましょう。
次回は、「売り手側の保健所手続き:診療所廃止届等」について詳しく解説します。





