医療法人のM&A実務(売却編)㉓:従業員への説明と雇用承継:スタッフの不安を解消する
クリニック売却において、長年働いてくれたスタッフへの配慮は非常に重要です。適切な説明とフォローがなければ、売却前に退職者が続出し、売却価値が大きく下がります。
本記事では、従業員への説明方法、雇用承継、退職者への対応について解説します。
従業員への説明タイミング
説明のタイミングは、スタッフの不安と情報漏洩のバランスを考慮します。
最適なタイミング
基本合意締結後が一般的で、売却がほぼ確実になった段階(クロージング2-3ヶ月前、デューデリジェンス完了後)が理想です。早すぎると交渉破談時のリスクがあり、遅すぎるとスタッフの不信感や退職の続出を招きます。
段階的な説明
第1段階(基本合意後)は、看護師長や事務長など中核スタッフのみに協力を依頼します。第2段階(最終契約後)で全スタッフへの説明会を開催し、第3段階(クロージング前)で詳細な条件提示や個別面談を行います。
説明会の進め方
全スタッフへの説明会は、丁寧かつ正確に実施します。
説明会の準備
日時は診療終了後など全員が参加できるタイミングを選び、2時間程度確保します。参加者は売り手(現院長)、買い手(新院長)に加え、必要に応じて仲介会社や社労士などが同席します。資料として雇用条件比較表やQ&A集を用意しましょう。
説明内容とポイント
売却の理由は正直に伝えつつ、新院長の紹介や診療方針を前向きに伝えます。雇用条件は原則現状維持であることを説明し、誠実な態度で感謝の気持ちを伝えることが重要です。新院長自らも挨拶し、スタッフと協働する意思を丁寧に示します。
雇用条件の承継交渉
スタッフの雇用条件をどう承継するかは、重要な交渉事項です。
原則的な考え方
給与水準、勤務時間、休日、福利厚生などは現状維持が基本です。これはスタッフの定着と引継ぎの円滑化、モチベーション維持に直結するためです。
変更が必要な場合
買い手の給与体系との整合性などで変更が必要な場合は、事前の丁寧な説明と激変緩和措置が不可欠です。労働契約法上の不利益変更に該当しないよう、合理的な理由に基づき個別の同意を取得する必要があります。
退職希望者への対応
売却に伴い、退職を希望するスタッフも出てきます。
退職の申出への対応
不安の解消や条件改善による引き留めを試みますが、強制はせず本人の意思を尊重します。クロージング直前の退職は引継ぎに悪影響を及ぼすため、時期の調整(引継ぎ期間終了後まで等)を相談します。
退職金の取扱い
クロージング前の退職は売り手、後の退職は買い手の責任となります。勤続年数を通算するかどうかは、事前に売り手と買い手で合意しておく必要があります。
労働契約承継の法的手続き
事業譲渡では、労働契約の承継に法的手続きが必要です。
個別の同意取得と通知書
各スタッフから、新しい雇用主(買い手)への承継について書面で個別同意を取得します。また買い手側は、承継後速やかに労働条件通知書を交付する義務(労働基準法第15条)があります。
売却後のフォローアップ
クロージング後も、スタッフへのフォローが重要です。
元院長と新院長の役割
元院長は引継ぎ期間中、新院長のサポートやスタッフの相談役として橋渡しを行います。新院長は定期的な面談を実施し、現場の不安や不満を早期に発見・改善するよう努めます。
まとめ
従業員への説明と雇用承継は、クリニック売却の成否を左右する重要な要素です。スタッフの立場に立った丁寧な対応が、引継ぎの安定とクリニックの継続性を生みます。
売り手・買い手が協力してスタッフをフォローし、安心して働ける環境を整えることが、円滑な承継への近道です。
次回は、「患者への告知と引継ぎ:信頼関係を維持する対応方法」について解説します。






