医療法人のM&A実務(売却編)⑳:買い手側の保健所手続き:個人と医療法人の開設手続きの違い
事業譲渡では、買い手が診療所を新規に開設する必要があります。買い手が個人医師か医療法人かで、手続きの内容・期間・複雑さが大きく異なります。
本記事では、買い手の形態別に、保健所での開設手続きについて解説します。
【ケース1】買い手が個人医師の場合
個人医師が診療所を開設する場合、事前の許可は不要で、開設後に届出を行う「届出制」です。
手続きの全体像
基本的な流れは、①事前相談(任意だが推奨)→ ②診療所の確認・準備 → ③開設(クロージング日)→ ④開設届の提出(開設後10日以内)→ ⑤保健所による現地確認 → ⑥開設届副本の交付となります。既存の診療所を引き継ぐ場合でも、構造基準への適合確認を行っておくことが有用です。
ステップ①:事前相談(開設前)
クロージング前に実施します。敷地・建物の平面図を持参し、診察室(6.3㎡以上)や待合室、トイレ、手洗い設備などが構造基準を満たしているか確認を受けます。診療科目を変更する場合は、必要な設備が異なる可能性があるため特に注意が必要です。
ステップ②:診療所の確認・準備
引き継ぐ医療機器の動作確認やX線装置の遮蔽設備の確認を行います。また、スタッフを承継する場合は雇用契約の確認、不動産賃貸借契約の名義変更なども並行して進めます。
ステップ③~④:開設と開設届の提出
クロージング日を開設日とし、そこから10日以内に保健所へ開設届を提出します。医師免許証の原本提示や履歴書、平面図、賃貸借契約書の写しなどが必要書類となります。
ステップ⑤~⑥:現地確認と副本の交付
届出提出後、保健所職員が訪問し、構造設備や衛生管理が基準を満たしているか確認します。問題がなければ副本が交付されます。この副本は保険医療機関の指定申請に不可欠な書類です。
【ケース2】買い手が医療法人の場合
医療法人が診療所を開設する場合、事前の定款変更認可や診療所開設許可が必要で、手続きが非常に複雑です。
手続きの全体像
法人の場合は「事前許可制」であり、定款変更の認可と登記が完了した後に、保健所の開設許可を得てからでなければ開設できません。全行程で6~8ヶ月程度の期間を要します。
ステップ①~⑥:定款変更認可と登記
社員総会での決議後、都道府県へ定款変更の素案を提出して事前協議を行います。認可が下りた後、2週間以内に法務局で登記申請を行い、完了後に登記事項証明書を都道府県へ提出します。
ステップ⑦:開設許可申請(保健所)
登記完了後に保健所へ申請します。個人と異なり、法人の定款や登記事項証明書、議事録、管理者の就任承諾書などが必要になります。管理者は理事の中から選任しなければなりません。
ステップ⑧~⑩:実地検査から開設まで
保健所による実地検査を受け、構造設備基準への適合が確認されると「開設許可証」が交付されます。この許可証を受領した後、クロージング日に合わせて開設を行い、10日以内に開設届を提出します。
売り手の協力(補足)
買い手がスムーズに手続きを進められるよう、売り手は以下の協力を行うことが一般的です。
情報・資料の提供
建物・設備の図面、医療機器リスト、X線装置の仕様書、過去の開設届や許可証の写しなど、行政手続きの根拠となる資料を速やかに提供します。
事前相談・検査への協力
必要に応じて、保健所の事前相談への同行や実地検査時の立ち会いを行い、設備の説明や過去の運営状況、検査指摘事項などを補足説明します。
まとめ
買い手が個人医師か医療法人かで、保健所での手続きは大きく異なります。個人医師の場合は事後届出のため1ヶ月程度で完了しますが、医療法人の場合は事前許可制のため定款変更を含め半年以上の準備期間が必要です。
既存の診療所を引き継ぐM&Aでは、新規開業に比べれば構造基準のハードルは低いものの、書類の不備でクロージングが遅れるリスクもあります。行政書士などの専門家と連携し、確実に進めることが重要です。
次回は、「厚生局手続き:保険医療機関廃止と買い手の新規指定」について解説します。






