医療法人のM&A実務(売却編)⑥:クリニック評価の3つの方法:コスト・マーケット・インカムアプローチ
クリニックの企業価値評価には、いくつかの専門的な手法があります。それぞれの手法には特徴があり、組み合わせて使用することで、より適切な評価額を導き出すことができます。
本記事では、企業価値評価の3つの基本的アプローチについて解説します。
コストアプローチ(純資産法)
クリニックが保有する資産の価値に着目する方法です。
基本的な考え方
貸借対照表の純資産(資産 – 負債)を基礎とし、簿価を時価に修正して算定します。最も理解しやすく、客観性が高い方法です。
計算方法
時価純資産として、資産の時価評価額から負債の時価評価額を差し引きます。
資産の時価評価では、現金・預金は簿価のまま、売掛金(診療報酬債権)は回収可能額で評価します。棚卸資産(医薬品等)は期限切れを除外し、固定資産(医療機器等)は減価償却後の時価で評価します。
負債の時価評価では、買掛金・借入金は簿価のまま、簿外債務(未払残業代等)を加算します。
具体例
資産の部として、現金預金500万円、売掛金800万円、医療機器(簿価1,000万円、時価600万円)、その他資産100万円で、合計2,000万円です。
負債の部として、買掛金200万円、借入金500万円、簿外債務(未払残業代)100万円で、合計800万円です。
時価純資産は2,000万円 – 800万円 = 1,200万円となります。
メリット
客観性が高く、理解しやすい方法です。最低限の価値(清算価値)を示します。
デメリット
将来の収益力を反映しない、営業権(のれん)を評価できない、成長性を考慮しないという限界があります。
マーケットアプローチ(類似取引比較法)
類似クリニックの売買事例と比較する方法です。
基本的な考え方
類似クリニックの売却価格を参考に、自クリニックの価値を推定します。市場の実勢価格を反映できる方法です。
主な指標
EV/売上高倍率として、企業価値 ÷ 年間売上高で算出します。医療機関の目安は0.5-1.0倍程度です。
EV/EBITDA倍率として、企業価値 ÷ EBITDA(営業利益+減価償却費)で算出します。医療機関の目安は3-5倍程度です。
具体例
年間売上高1.5億円、EBITDA3,000万円のクリニックの場合、EV/売上高倍率0.7倍を適用すると1.5億円 × 0.7 = 1.05億円となります。EV/EBITDA倍率4倍を適用すると3,000万円 × 4 = 1.2億円となります。
評価レンジは1.05億円 – 1.2億円となります。
類似性の判断基準
診療科目が同じ、規模(売上高)が近い、立地条件が類似、経営状態が類似していることが重要です。
メリット
市場実勢を反映できる、買い手の視点が入る、説得力がある方法です。
デメリット
類似事例の入手が困難、個別事情を反映しにくい、医療機関のM&A事例が少ないという課題があります。
インカムアプローチ(収益還元法)
将来の収益力に着目する方法です。
基本的な考え方
将来得られる利益を現在価値に割り引いて算定します。最も理論的で、成長性を反映できる方法です。
簡便法(年買法)
年間営業利益に一定の倍率を乗じて算定します。医療機関の倍率は2-5年分が一般的です。
営業権の算定式は、年間営業利益 × 年数で計算します。企業価値は時価純資産 + 営業権となります。
具体例
時価純資産1,200万円、年間営業利益2,500万円のクリニックの場合、営業権は2,500万円 × 3年 = 7,500万円となり、企業価値は1,200万円 + 7,500万円 = 8,700万円となります。
倍率の決定要因
診療科目により、内科・小児科は2-2.5年、整形外科・皮膚科は2.5-3年、眼科・耳鼻科は2-2.5年、歯科は1.5-2年が目安です。
立地条件により、都心部・駅近は+0.5年程度、郊外・駅遠は-0.5年程度の調整を行います。
経営の安定性により、5年以上安定は+0.5年程度、変動が大きいは-0.5年程度の調整を行います。
高度な方法(DCF法)
将来キャッシュフローを予測し、割引率(WACC)で現在価値に割り引きます。専門家による算定が必要です。
メリット
将来の収益力を反映できる、成長性を考慮できる、理論的に正しい方法です。
デメリット
将来予測が困難、主観が入りやすい、計算が複雑という課題があります。
3つの手法の組み合わせ
実務では、複数の手法を組み合わせて評価します。
典型的な組み合わせ
コストアプローチで最低価格(下限)を設定し、インカムアプローチで適正価格を算定します。マーケットアプローチで市場性を確認し、最終的な評価レンジを決定します。
具体例
コストアプローチ(純資産法)で1,200万円、インカムアプローチ(年買法)で8,700万円、マーケットアプローチ(類似取引)で1.05億円-1.2億円の評価となった場合、総合評価レンジは8,700万円 – 1.2億円程度と判断します。
重み付けの考え方
一般的には、インカムアプローチを最重視し50%、マーケットアプローチを30%、コストアプローチを20%の重み付けとします。
ただし、クリニックの状況により調整が必要で、収益が不安定な場合はコストアプローチの比重を上げます。
医療機関特有の評価調整
医療機関ならではの調整要素があります。
プラス要素
立地の優位性(駅近、幹線道路沿い等)で+10-20%、専門性の高さ(特殊な診療、高度な技術)で+10-20%、スタッフの質(経験豊富、定着率高い)で+5-10%、地域での評判(高い信頼、長い歴史)で+5-10%の評価増となります。
マイナス要素
院長依存度の高さ(引継ぎ困難)で-10-20%、設備の老朽化で-5-15%、賃貸借契約の不安定さで-5-10%、法令違反・行政処分歴で-10-30%の評価減となります。
評価の実施タイミング
評価は複数回実施することが望ましいです。
- 初期評価(売却検討開始時)
現状を把握し、改善目標を設定します。自己評価で十分です。 - 中間評価(1年前)
改善効果を確認し、目標価格を設定します。専門家の簡易評価を依頼します。 - 最終評価(売却開始時)
正式な企業価値評価として、専門家(公認会計士、税理士)に依頼します。
まとめ
クリニックの企業価値評価には、コスト・マーケット・インカムの3つのアプローチがあります。それぞれに長所・短所があるため、組み合わせて使用することで、適切な評価額を導き出せます。
実務では、インカムアプローチを中心に、他の手法で検証するのが一般的です。専門家に依頼し、客観的で説得力のある評価を受けることをお勧めします。
次回は、「のれん(営業権)の算定方法と価値向上策」について解説します。






