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医療法人のM&A実務(売却編)⑪:秘密保持の徹底:情報漏洩を防ぐ3段階の情報開示戦略

医療法人M&Aを成功させる「3段階の情報開示」と告知のタイミング

クリニック売却における最大のリスクの一つが、情報漏洩です。売却の噂が広まると、患者離れ、スタッフの退職、取引先の不安など、深刻な影響が出ます。

本記事では、情報漏洩を防ぐための秘密保持の方法と、段階的な情報開示戦略について解説します。

秘密保持契約(NDA)の重要性

NDAは、買い手候補との情報のやり取りの前提となる契約です。

NDAに盛り込むべき条項

秘密情報の定義を明確にし、受領者が秘密情報を使用できる目的を本件M&Aの検討に限定します。第三者への開示を原則禁止し、例外的に専門家(弁護士、会計士等)への開示のみ許可します。秘密情報の複製を制限し、交渉終了時の返還または廃棄を義務付けます。

契約期間は交渉終了後も1-2年継続させ、違反時のペナルティとして損害賠償、差止請求を規定します。

NDA締結のタイミング

クリニック名を開示する前、詳細な財務情報を開示する前、現地視察を行う前に必ず締結します。

NDAの限界

NDAを締結しても、完全に情報漏洩を防げるわけではありません。情報開示は慎重に、段階的に行うことが重要です。

3段階の情報開示戦略

情報は一度に開示せず、買い手候補の本気度に応じて段階的に開示します。

第1段階:匿名での概要開示

クリニック名は伏せたまま、診療科目、所在地(市区町村レベル)、規模感(年間売上、患者数のレンジ)、設備の概要、売却理由(概要)のみを開示します。

この段階では、NDA締結は不要な場合もありますが、情報の取り扱いには注意が必要です。

第2段階:NDA締結後の詳細開示

関心を示した買い手候補とNDAを締結後、クリニック名・所在地、過去3期分の決算書、患者数の詳細データ、設備リスト、スタッフ構成、賃貸借契約の概要などを開示します。

第3段階:デューデリジェンスでの完全開示

基本合意締結後のデューデリジェンスで、すべての契約書原本、詳細な財務資料、カルテサンプル、訴訟・クレーム情報、未公表の問題点などを完全に開示します。

従業員への情報管理

スタッフへの情報漏洩は、特に注意が必要です。

説明のタイミング

基本合意締結後が一般的で、クロージング2-3ヶ月前が目安です。それまでは、中核スタッフ(看護師長、事務長等)のみに限定します。

説明前の注意事項

不自然な行動を避け、普段通りに振る舞います。買い手候補の来訪は「業者の訪問」等と説明し、会議は診療時間外や休診日に設定します。

スタッフへの説明方法

全員を集めて一度に説明し、個別に説明すると情報が歪んで伝わるリスクがあります。売却の理由と新オーナーのメリットを丁寧に説明し、雇用条件は原則維持されることを強調します。質問に誠実に答え、不安を解消することが重要です。

患者への情報管理

患者への告知も、慎重なタイミングが求められます。

告知のタイミング

最終契約締結後、クロージング1-2ヶ月前が一般的です。それまでは、患者には一切情報を出しません。

告知前の注意

患者との会話で売却の話題を出さない、院内に関連資料を放置しない、電話での会話も注意するなど、細心の注意を払います。

告知方法

院内掲示、ホームページでの告知、かかりつけ患者への手紙などを組み合わせます。新院長の紹介と診療継続の保証を明確に伝えることが重要です。

取引先への情報管理

医薬品卸、医療機器業者、検査会社などへの対応も重要です。

情報開示のタイミング

基本合意締結後、または最終契約締結後に通知します。それまでは通常通りの取引を継続します。

通知方法

重要な取引先には直接訪問して説明し、その他は文書で通知します。契約は新オーナーに引き継がれることを明確に伝えます。

地域医療機関への情報管理

紹介元・紹介先の医療機関への対応も忘れてはいけません。

情報開示のタイミング

最終契約締結後、クロージング1ヶ月前が目安です。

通知方法

挨拶状の送付、重要な連携先には訪問して説明します。新院長も同行し、顔つなぎをすることが理想的です。

情報漏洩が起きた場合の対応

万が一、情報が漏洩した場合の対応を事前に準備しておきます。

漏洩源の特定

誰から漏れたのかを速やかに調査し、それ以上の拡散を防ぐ措置を取ります。

関係者への説明

スタッフへの緊急説明会を開催し、患者からの問い合わせ対応を準備します。不確実な情報の否定と、正確な情報を適切なタイミングで提供することを約束します。

買い手候補への影響

交渉への影響を最小限に抑えるため、買い手候補に状況を説明し、クロージングの前倒しを検討することもあります。

法的措置の検討

NDA違反の場合、損害賠償請求、差止請求を検討します。ただし、訴訟は時間とコストがかかるため、慎重に判断します。

仲介会社の守秘義務

M&A仲介会社にも、厳格な守秘義務があります。

仲介会社の情報管理体制

情報へのアクセス制限(担当者のみ)、書類の施錠管理、電子データの暗号化、社内での情報共有の制限などを確認します。

仲介会社選定時のチェックポイント

情報管理体制の確認、過去の情報漏洩事故の有無、担当者の守秘意識などを確認します。

契約での規定

仲介契約に守秘義務条項を明記し、違反時のペナルティを規定します。

まとめ

情報漏洩は、クリニックの価値を大きく毀損するリスクがあります。NDAの締結、3段階での情報開示、従業員・患者・取引先への慎重な対応が不可欠です。

「知る必要がある人にだけ、必要なタイミングで、必要な情報のみを開示する」という原則を徹底しましょう。万が一漏洩した場合の対応策も、事前に準備しておくことをお勧めします。

次回は、「基本合意書(LOI/MOU)の内容と法的拘束力」について解説します。

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中村 弥生(なかむら やよい)

渋谷区の医療法人の事務長として、総務・経理・各種手続き業務を統括。
退職後、税理士事務所勤務を経て、2006年に行政書士事務所を開業。以来、医療法人専門の行政書士事務所として業務を行っている。
行政書士向けに「医療法人の行政手続き実務講座」を開講。
2025年1月、書籍「はじめてでもミスしない いちばんわかりやすい医療法人の行政手続き」を出版。

【実績】 医療法人の設立100件以上、定款変更300件以上。保健所、厚生局手続き300件以上。役員変更や決算届出等2,000件以上。

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