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医療法人のM&A実務(売却編)⑧:希望売却価格の設定戦略:高く売るための価格交渉術

医療法人・クリニックを高く売るための「売却価格」設定と交渉術

企業価値評価が終わったら、次は実際の売却価格の設定と交渉です。適切な価格設定と交渉戦略により、数千万円の差が生じることもあります。

本記事では、希望価格の設定方法と、高く売るための価格交渉術について解説します。

希望価格と最低価格の設定

売却交渉では、2つの価格を設定しておく必要があります。

希望価格(Hope Price)

これは理想的な価格で、企業価値評価額の110-120%程度に設定することが一般的です。最初の提示価格としても使われ、交渉の余地を残した価格設定が重要です。

最低価格(Bottom Line)

これ以下では売却しないという価格で、企業価値評価額の90-95%程度に設定します。これは買い手には開示せず、内部的な基準として持っておきます。

価格レンジの設定例

企業価値評価額が8,000万円の場合、希望価格は8,800-9,600万円、最低価格は7,200-7,600万円となります。

価格の妥当性確認

類似クリニックの売却事例と比較し、市場相場から大きく外れていないか確認することが重要です。大きく乖離していると買い手が見つからないリスクがあります。

市場相場との乖離許容範囲

希望価格は市場相場とどの程度離れていても許容されるのでしょうか。

一般的な許容範囲

市場相場の±20%以内であれば、交渉の余地があります。±20-30%になると、買い手候補が減少する可能性があります。±30%を超えると、現実的な売却が困難になります。

高めの価格設定が許容されるケース

複数の買い手候補が競合している、戦略的価値が高い(多院展開の拠点等)、希少性が高い(特殊な診療科、優良立地)、売り手が売却を急いでいない場合は、高めの設定が可能です。

相場より低くなるケース

早期の売却が必要、買い手候補が少ない、経営状態に不安要素がある、設備が老朽化している場合は、相場より低くなる傾向があります。

交渉開始時の価格提示方法

最初の価格提示は、その後の交渉を大きく左右します。

提示方法の選択肢

具体的な金額を提示する方法と、価格レンジを提示する方法があります。

具体的な金額提示の場合、「売却価格9,000万円を希望します」というように明確です。メリットは交渉の起点が明確になることで、デメリットは柔軟性が低いことです。

価格レンジ提示の場合、「8,500万円から9,500万円を想定しています」というように幅を持たせます。メリットは交渉の余地を残せることで、デメリットは買い手が低い方を基準にすることです。

推奨される提示方法

初期段階では価格レンジで提示し、興味を示した買い手候補には具体的な金額を提示する方法が一般的です。

提示のタイミング

買い手候補がクリニックの概要を理解した後、具体的な関心を示してから提示します。あまり早い段階での提示は避けるべきです。

優先条件の明確化と重み付け

価格だけでなく、その他の条件も重要です。

検討すべき条件

売却価格、診療方針の継続、スタッフの雇用維持、患者への配慮、売却後の関与(顧問等)、引継ぎ期間などがあります。

重み付けの例

各条件の重要度を数値化します。たとえば、価格40%、診療継続20%、スタッフ雇用20%、患者配慮10%、その他10%というように配分します。

活用方法

複数の買い手候補から提案があった場合、価格だけでなく総合的に評価できます。交渉で譲歩する際の判断基準にもなります。

段階的な価格譲歩の戦略

交渉では、段階的に譲歩していく戦略が有効です。

譲歩の原則

一度に大きく譲歩しない、譲歩するたびに何かを得る、最低価格を下回らないことが重要です。

譲歩のステップ例

初回提示で希望価格9,000万円を提示します。買い手から8,000万円の提案があった場合、「8,700万円なら検討できます」と第1次譲歩(300万円)します。買い手が8,300万円に上げてきたら、「8,500万円でいかがでしょうか」と第2次譲歩(200万円)します。このように徐々に譲歩幅を小さくしていきます。

譲歩の見返り

価格を下げる代わりに、引継ぎ期間の短縮、売却後の顧問契約、支払条件の改善などを求めることができます。

複数の買い手候補がいる場合の交渉術

複数の買い手候補がいる場合は、有利な交渉が可能です。

競争原理の活用

「他にも関心を持つ方がいる」という事実を伝えることで、買い手の本気度を高められます。ただし、具体的な名前や条件は開示しないことが重要です。

同時並行交渉

複数の候補と同時に交渉を進めることで、最良の条件を引き出せます。ただし、管理が煩雑になるため、3社程度に絞ることが現実的です。

最終提案の依頼

「○月○日までに最終提案をお願いします」と期限を設定し、各候補から最良の条件を引き出します。

注意点

過度な競争をあおると、買い手が離れるリスクがあります。誠実な姿勢を保つことが重要です。

価格以外の交渉ポイント

価格だけでなく、以下の条件も重要な交渉ポイントです。

支払条件

一括払いか分割払いか、クロージング時の支払額と後払いの額、分割の場合の金利・担保などを交渉します。

引継ぎ期間

売却後の関与期間(1-6ヶ月)、報酬の有無、業務内容などを決めます。

スタッフの処遇

雇用条件の継続、給与水準の維持、退職金の取扱いについて合意します。

表明保証の範囲

売り手が保証する事項の範囲、補償期間・上限額を定めます。

競業避止義務

禁止地域・期間、違反時のペナルティを設定します。

交渉における心理的駆け引き

価格交渉には、心理的な要素も重要です。

アンカリング効果

最初に提示した価格が、その後の交渉の基準(アンカー)になります。高めの価格から始めることで、最終的な価格も高くなる傾向があります。

譲歩の見せ方

「かなり譲歩しました」という姿勢を見せることで、買い手も譲歩しやすくなります。ただし、演技が過ぎると逆効果です。

期限の設定

「○月末までに決めたい」と期限を設定することで、交渉を促進できます。ただし、売り手が急いでいると思われると不利になります。

交渉決裂のリスク管理

交渉が決裂するリスクも考慮すべきです。

決裂の主な原因

価格の乖離が大きすぎる、条件面での妥協点が見つからない、デューデリジェンスでの問題発覚、相互の信頼関係の欠如などがあります。

決裂を防ぐ方法

事前の丁寧なコミュニケーション、段階的な情報開示、柔軟な姿勢、第三者(仲介会社等)の活用が有効です。

決裂した場合の対応

他の買い手候補との交渉継続、条件の見直し、一定期間後の再交渉などを検討します。

まとめ

価格交渉は、売却成功の鍵を握る重要なプロセスです。適切な希望価格の設定、段階的な譲歩戦略、価格以外の条件も含めた総合的な判断が必要です。

焦らず、しかし決断すべき時は決断する。このバランスが、最良の条件での売却につながります。経験豊富なM&A仲介会社のサポートを受けることをお勧めします。

次回は、「買い手候補の探し方:5つのチャネルと選定基準」について解説します。

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中村 弥生(なかむら やよい)

渋谷区の医療法人の事務長として、総務・経理・各種手続き業務を統括。
退職後、税理士事務所勤務を経て、2006年に行政書士事務所を開業。以来、医療法人専門の行政書士事務所として業務を行っている。
行政書士向けに「医療法人の行政手続き実務講座」を開講。
2025年1月、書籍「はじめてでもミスしない いちばんわかりやすい医療法人の行政手続き」を出版。

【実績】 医療法人の設立100件以上、定款変更300件以上。保健所、厚生局手続き300件以上。役員変更や決算届出等2,000件以上。

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