医療法人のM&A実務(売却編)⑦:のれん(営業権)の算定方法と価値向上策
クリニック売却価格のうち、大きな部分を占めるのが「のれん(営業権)」です。のれんとは、目に見えない資産、つまり患者基盤、地域での評判、ノウハウなどの価値を指します。
本記事では、のれんの算定方法と、のれんの価値を高める方法について解説します。
のれん(営業権)とは
のれんは、クリニックの時価純資産を超える部分の価値です。
具体的な内容
- 患者基盤として、安定した患者数、定期通院患者、かかりつけ患者が含まれます。
- 地域での評判として、長年の信頼、口コミ評価、地域医療機関との関係が含まれます。
- ノウハウとして、診療技術、経営ノウハウ、スタッフの育成方法が含まれます。
- 立地の優位性として、好立地、診療圏の特性、競合状況が含まれます。
のれんの重要性
クリニックの売却価格は、時価純資産 + のれんで構成されます。のれんが売却価格の50-80%を占めることも珍しくありません。のれんを高く評価してもらうことが、高値売却の鍵となります。
のれんの算定方法(年買法)
最も一般的な方法が「年買法」です。
基本算定式
のれん = 年間営業利益 × 年数で計算します。
年数は診療科目、立地、経営の安定性などにより、2-5年の範囲で決定されます。
診療科目別の標準倍率
- 内科は2.0-2.5年分が標準です。理由は、患者の継続性が高く、地域密着型であり、安定した収益が期待できるためです。
- 整形外科は2.5-3.0年分が標準です。理由は、専門性が高く、リハビリ等の継続患者が多く、診療単価が比較的高いためです。
- 皮膚科は2.5-3.0年分が標準です。理由は、美容皮膚科の付加価値があり、女性患者の固定化があり、自費診療の可能性があるためです。
- 眼科は2.0-2.5年分が標準です。理由は、高齢者の定期通院が多く、白内障等の手術需要があり、安定した患者基盤があるためです。
- 耳鼻咽喉科は2.0-2.5年分が標準です。理由は、季節変動があるものの、アレルギー等の継続患者が多く、小児患者の固定化があるためです。
- 歯科は1.5-2.0年分が標準です。理由は、競合が多く、患者の固定化が難しく、設備投資が大きいためです。
具体例
年間営業利益2,500万円の内科クリニックの場合、標準倍率2.5年を適用すると、のれん = 2,500万円 × 2.5年 = 6,250万円となります。
時価純資産1,500万円の場合、売却価格 = 1,500万円 + 6,250万円 = 7,750万円となります。
倍率を高める要因(プラス要素)
以下の要素があると、標準倍率より高く評価されます。
- 立地の優位性
駅徒歩5分以内で+0.5年、幹線道路沿い・視認性良好で+0.3年、大型駐車場ありで+0.2年の評価増となります。 - 経営の安定性
5年以上連続黒字で+0.5年、患者数が増加傾向で+0.3年、スタッフの定着率が高い(離職率5%以下)で+0.2年の評価増となります。 - 専門性・希少性
高度な専門診療で+0.5年、地域で唯一の診療科で+0.3年、特殊な医療機器の保有で+0.2年の評価増となります。 - 患者基盤の質
定期通院患者が50%以上で+0.3年、かかりつけ患者が多い(5年以上通院30%以上)で+0.3年、新規患者の獲得力が高いで+0.2年の評価増となります。 - 地域での評判
開業20年以上の歴史で+0.3年、地域医療機関との強固な連携で+0.2年、患者満足度が高い(アンケート等)で+0.2年の評価増となります。
倍率を下げる要因(マイナス要素)
以下の要素があると、標準倍率より低く評価されます。
- 立地の優位性
駅から遠い(徒歩15分以上)で-0.3年、視認性が悪いで-0.2年、駐車場なしで-0.2年の評価減となります。 - 経営の不安定性
赤字年度がある(過去3年で)で-0.5年、患者数が減少傾向で-0.5年、スタッフの離職率が高い(年20%以上)で-0.3年の評価減となります。 - 院長依存度の高さ
院長の個人的魅力に依存で-0.5年、特殊な技術で院長以外対応不可で-0.3年、患者が院長を指名で-0.3年の評価減となります。 - 設備・内装の劣化
設備が老朽化(10年以上更新なし)で-0.3年、内装が古く清潔感に欠けるで-0.2年、電子カルテ未導入で-0.2年の評価減となります。 - 法令違反・トラブル
過去に行政処分歴で-0.5-1.0年、医療事故・訴訟歴で-0.3-0.5年、診療報酬の不正請求歴で-1.0年以上の評価減となります。
のれんの価値を高める戦略
売却前にのれんの価値を高める努力が重要です。
患者基盤の強化
患者満足度の向上として、待ち時間の短縮、丁寧な説明、清潔な院内環境を実現します。
定期通院患者の増加として、慢性疾患管理の強化、予防医療の推進、健康相談の充実を図ります。
新規患者の獲得として、ホームページの充実、口コミサイトの管理、地域での認知度向上を目指します。
経営の安定化
安定した収益確保として、患者数の維持・増加、診療単価の適正化、経費の効率化を実現します。
スタッフの定着として、働きやすい環境整備、適正な給与水準、教育・研修の充実を図ります。
地域との関係強化
医療機関との連携として、紹介・逆紹介の活性化、地域医療連携への参加、勉強会・症例検討会への参加を行います。
地域貢献活動として、健康講座の開催、学校医・産業医の受託、地域イベントへの参加を実施します。
設備・環境の改善
必要な設備更新として、老朽化した機器の更新、診療の質向上につながる投資、患者満足度向上のための投資を行います。
内装のメンテナンスとして、清潔感の維持、快適な待合室環境、バリアフリー対応を実施します。
のれん評価の交渉ポイント
買い手との交渉では、のれんの価値を適切にアピールします。
アピールすべき点
患者数の推移データとして、過去3-5年の推移、季節変動の少なさ、新規患者の獲得力を示します。
患者の質として、定期通院患者の割合、かかりつけ患者の多さ、患者満足度調査結果を提示します。
地域での評判として、開業年数、地域医療機関との関係、口コミ評価を説明します。
スタッフの定着として、経験豊富なスタッフ、低い離職率、チームワークの良さをアピールします。
データによる裏付け
口頭での説明だけでなく、患者数推移グラフ、診療報酬明細データ、患者満足度アンケート結果、スタッフ在籍年数一覧などの客観的データを用意します。
まとめ
のれん(営業権)は、クリニック売却価格の大部分を占める重要な要素です。年買法により、年間営業利益の2-5年分として算定されます。
立地、経営の安定性、専門性、患者基盤の質などにより、倍率は変動します。売却前に患者基盤の強化、経営の安定化、地域との関係強化を図ることで、のれんの価値を高めることができます。
次回は、「希望売却価格の設定戦略:高く売るための価格交渉術」について解説します。






