診療所移転の診療所開設許可申請(医科の場合)

診療所移転の際に必要となる保健所手続きのうち、特に重要なのが「診療所開設許可申請」です。
医療法人が診療所を移転する場合、移転先での診療を行うためには、必ず保健所の許可を得る必要があります。
本稿では、医科の診療所を対象に、診療所開設許可申請の詳細な手続きについて解説します。
診療所開設許可申請の位置づけ
まず、診療所移転の全体の流れの中での診療所開設許可申請の位置づけを確認しましょう。
例として、10月1日に移転する場合のスケジュールを見ていきます。
- 定款変更認可申請(5月頃)
- 認可取得(8月頃)
- 登記申請
- 診療所開設許可申請(保健所・9月中旬)
- 実地検査
- 診療所開設許可
- 移転(10月1日)
- 診療所廃止届・開設届(保健所・10月初旬)
- 保険医療機関指定申請(厚生局・10月10日頃まで)
上記4の診療所開設許可申請は、定款変更認可を取得し、登記申請を行った後に行います。
この申請を行い許可を得なければ、移転先での診療を開始することができません。
この申請は移転日の約2週間前までに申請する必要があります。
例えば10月1日移転であれば、9月中旬までに申請します。
診療所開設許可申請の法的根拠
診療所開設許可申請の法的根拠は、医療法第7条にあります。
医療法第7条では、「病院を開設しようとするとき、医師及び歯科医師でないものが診療所を開設しようとするとき、又は助産婦でないものが助産所を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない」と規定されています。
医療法人は「医師及び歯科医師でないもの」に該当するため、診療所を開設する際には、都道府県知事(実際には保健所)の許可を受ける必要があります。
なお、保健所のホームページでは「法人開設」という表現の他に、「医師および歯科医師でないもの」や「非医師の場合」という表現が使われることもありますが、いずれも医療法人による開設を指しています。
診療所開設許可申請の流れ
診療所開設許可申請の具体的な流れは以下の通りです。
事前準備
許可申請を行う前に、以下の準備を整えておきましょう。
- 保健所への事前相談: 許可申請の前に、保健所に事前相談を行うことが重要です。診療所の構造設備に関する要件や必要書類、手続きの流れなどを確認しておきましょう。特に、内装工事を行う場合は、工事着工前に保健所に図面を確認してもらうことが非常に重要です。
- 必要書類の準備: 後述する申請書及び添付書類を準備します。定款変更認可申請が完了していること、登記申請を行っていることが前提となります。
- 申請予約: 保健所によっては予約が必要な場合がありますので、事前に確認しておきましょう。
申請方法
診療所開設許可申請は、原則として窓口に出向いて行います。
申請の際には、以下のものを持参してください。
- 診療所開設許可申請書一式: 正本と副本の2部を用意します。必要部数は保健所によって異なる場合がありますので、事前に確認してください。
- 診療所開設許可手数料: 通常、20,000円前後の手数料が必要です。現金で準備しておきましょう。
- 原本: 原本提示が必要な書類(賃貸借契約書など)があれば持参します。どの書類の原本が必要かは保健所によって異なりますので、事前に確認してください。
申請後の流れ
申請後は、以下のような流れになります。
- 書類審査: 保健所で書類の審査が行われます。不備があれば補正が求められます。
- 実地検査: 書類審査の後、通常は実地検査が行われます。実地検査の時期は保健所によって異なりますが、一般的には申請後数日から数週間以内に行われます。
- 許可の取得: 実地検査で問題がなければ、診療所開設許可が下ります。許可書が発行されますので、受け取りに行くか、郵送で受け取ります。
- 移転の実施: 許可を得たら、予定どおり移転を実施します。
- 診療所廃止届・開設届の提出: 移転後、速やかに旧診療所の廃止届と新診療所の開設届を保健所に提出します。
診療所開設許可申請書の作成方法
診療所開設許可申請書の具体的な作成方法を解説します。
保健所によって様式が異なる場合がありますが、基本的な記載項目は共通しています。
ここでは一般的な様式を例に説明します。
開設者欄
- 住所:医療法人の主たる事務所の所在地を記載します。
- 氏名:「医療法人社団○○会 理事長○○○○」のように記載します。
- 電話番号、ファクシミリ番号:医療法人の電話番号とFAX番号を記載します。
診療所に関する基本情報
- [1. 名称]
定款に記載された診療所名を正確にコピー&ペーストします。手入力は避け、定款との不一致を防ぎましょう。 - [2. 開設の場所]
こちらも定款に記載された所在地を正確にコピー&ペーストします。移転先の電話番号やFAX番号が未定の場合は、申請時点では空欄でも構いませんが、後の診療所開設届では必須になります。 - [3. 診療科目]
標榜する診療科目を記載します。平成20年4月1日より医療機関の標榜診療科名が見直されていますので、現行の規定に沿った診療科目を記載してください。不明な場合は保健所に確認しましょう。 - [4. 開設の目的]
定款第3条の目的を記載します。通常は「科学的でかつ適正な医療を普及するため」のように記載します。 - [5. 維持の方法]
「診療報酬による」と記載するのが一般的です。 - [6. 開設予定年月日]
実際の開設予定日を記載します。例えば、10月1日移転の場合は「令和5年10月1日」と記載します。
診療所の詳細情報
- [7. 従業者定員]
職種別に診療所の従業員の定員を記載します。人数の記載方法は保健所によって異なります。実際の人数を記載する場合と、将来の増員を見込んだ定員を記載する場合がありますので、事前に保健所に確認してください。 - [8. 敷地の面積]
診療所の土地の全部事項証明書の面積を記載します。土地が複数筆ある場合は、その合計面積を記載します。 - [9. 交通機関及び敷地周囲の見取図]
– 交通機関:最寄り駅からのアクセスを記載します。
– 敷地の条件:用途地域(「近隣商業地域」など)や防火地域(「準防火地域」など)を記載します。役所のホームページで調べられます。
– 見取図:添付書類として提出する見取図について「別添のとおり」と記載します。 - [10. 建物の構造概要及び平面図]
– 建物別名称:ビル名があれば記載します。
– 構造概要:建物の全部事項証明書の「②構造」の部分をそのまま記載します(例:「鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付3階建」)。
– 建築面積:建物の全部事項証明書に記載されている建物の各階数のうち、一番広い面積を記載します。
– 延面積:建物の全部事項証明書の「③床面積」のすべての階数の合計面積を記載します。
– ビルの一部を使用する場合:「鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付3階建のうち 2階201号室 90.15㎡」のように記載します。
– 平面図:添付書類として提出する平面図について「別添のとおり」と記載します。
診療室等の情報
- [11. 廊下の幅]~[13. 病室の構造概要]
無床診療所の場合は記載不要です。 - [14.診療室]~[21. 分べん室及び新生児入浴施設]
該当する室がある場合は、図面どおりに室名と面積を記載します。 - [22. エックス線装置及び診療室]
エックス線装置を設置する場合は以下の情報を記載します。
– 固定、携帯の別:「固定」または「携帯」と記載します。
– 用途:「一般」「CT」などと記載します。
– 製作者名及び型式:事前にレントゲン業者に確認しておきます。
– エックス線診察室:エックス線業者から取り寄せた「エックス線診療室放射線防護図」に基づいて記載します。 - [23. その他の施設]
該当する室がある場合は、図面どおりに室名と面積を記載します。 - [24. 建築確認番号]
建築確認済証に記載してある建築確認番号を記載します。建築確認済証がない場合は、役所の建築審査課などで調べます。
添付書類の準備
診療所開設許可申請書に添付する書類の準備方法を解説します。
定款及び登記事項証明書
- 定款: 変更後の定款を提出します。原本証明が必要な場合がありますので、保健所に確認してください。
- 登記事項証明書: 移転の登記完了後の新しい謄本(完了謄本)を提出します。登記申請から登記完了まで通常10日程度かかるため、完了謄本を提出できない場合は、「受付のお知らせ」等で対応可能か保健所に確認してください。
土地及び建物の登記事項証明書
- 土地及び建物の登記事項証明書: 法務局で取得します。発行後6ヶ月以内のものが必要な場合が多いです。
- 賃貸借契約書の写し: 土地または建物を賃借する場合は、賃貸借契約書の写しを添付します。原本提示が必要な保健所も多くあります。
- 転貸の場合の注意点: 建物所有者と賃貸人が異なる場合(転貸の場合)は、原契約(建物所有者と賃貸人の契約書)や転貸承諾書の提出も必要になることがあります。
敷地・建物関連の図面
- 敷地の平面図: 診療所の敷地全体の平面図を提出します。
- 敷地周囲の見取図: Yahoo地図などを印刷したもので問題ありません。最寄り駅等から診療所までの経路がわかるものを提出します。
- 建物の平面図: 各室の面積の記載がある診療所の図面(レイアウト図面)を提出します。縮尺100分の1以上のものが必要です。この図面と実地検査時の状態が一致していないと許可が下りないので、最新の図面を提出してください。
- エックス線診療室放射線防護図: エックス線装置を設置する場合は、エックス線診療室の放射線防護図(平面図及び立面図、縮尺50分の1)を提出します。壁及び鉛の厚さを記入してください。X線業者から取り寄せるのが一般的です。
その他の添付書類
- 案内図: 診療所までの案内図を提出します。Yahoo地図等を印刷したもので構いません。
- 建築関連書類: 建物が新築の場合は、建築確認済証や建物検査済証が必要になる場合があります。保健所によって必要書類が異なりますので、事前に確認してください。
実務上の重要ポイント
最後に、診療所開設許可申請を円滑に進めるための実務上の重要なポイントをいくつか紹介します。
事前相談の徹底
診療所開設許可申請を行う前に、必ず保健所に事前相談を行いましょう。
特に以下の点を確認することが重要です。
- 診療所の構造設備に関する要件
- 必要書類と部数
- 原本提示が必要な書類
- 実地検査の時期と内容
- 許可までの標準処理期間
図面の事前確認
工事着工前に、内装業者に保健所に出向いてもらい、構造設備に問題ないか確認してもらうことが非常に重要です。
医療機関特有の規制などがありますので、医療機関の実績の多い業者に依頼することをお勧めします。
図面と実際の構造設備に差異があると、最悪の場合工事のやり直しが必要になりますので、事前確認は必須です。
定款との整合性
診療所の名称や所在地は、定款に記載されている通りに正確に記載することが非常に重要です。手入力は避け、コピー&ペーストで転記することをお勧めします。
特に所在地の表記(ハイフン表記か漢数字表記か)や、住居表示と地番の違いなどに注意が必要です。
書類の複数部数準備
保健所の手続き書類は、複数セット作成しておくと便利です。
具体的には以下のように準備することをお勧めします。
- 1部目:保健所提出用
- 2部目:法人控え用
- 3部目:業者への提出用予備
- 4部目:厚生局提出用
後からセットを増やすのは手間がかかるので、最初に必要な部数を用意しましょう。
まとめ
診療所移転の際の診療所開設許可申請(医科の場合)について解説しました。
この申請は移転先での診療を開始するために必要不可欠な手続きです。
申請書の作成にあたっては、定款との整合性を保ち、正確な情報を記載することが重要です。
また、添付書類の準備や実地検査の対応も入念に行う必要があります。
保健所によって手続きの詳細や必要書類が異なる場合がありますので、事前に相談し、必要な情報を得ておくことが成功の鍵となります。
特に、工事着工前の図面の事前確認は非常に重要です。
しっかりと準備を整え、保健所との連携を密にすることで、診療所開設許可申請をスムーズに進め、円滑な診療所移転を実現しましょう。
