診療所移転の診療所開設許可申請(歯科の場合)

医療法人が歯科診療所を移転する場合、定款変更認可申請と登記手続きの後、移転先の保健所で診療所開設許可申請を行う必要があります。
この手続きは、移転先で診療を開始するための重要なステップです。
本記事では、歯科診療所の移転における診療所開設許可申請の手続きについて詳細に解説します。
診療所開設許可申請の位置づけ
診療所移転の全体的な流れにおいて、診療所開設許可申請は次のような位置づけとなります。
- 定款変更認可申請(都道府県等)
- 登記申請(法務局)
- 診療所開設許可申請(保健所) ← 本記事のテーマ
- 実地検査
- 診療所廃止届・開設届(保健所)
- 保険医療機関廃止届・指定申請(厚生局)
- その他の手続き(施設基準等)
医療法第7条では「医師及び歯科医師でないものが診療所を開設しようとするとき」は開設地の保健所の許可を受ける必要があると定められています。
医療法人は歯科医師個人ではないため、この規定に基づき診療所開設許可申請が必要となります。
診療所開設許可申請の流れ
診療所開設許可申請は、移転日の約2週間前までに行うことが望ましいです。
例えば10月1日に移転する場合は、9月中旬までに申請を済ませる必要があります。
以下が一般的な流れです。
- 定款変更認可申請の事前審査が完了する頃に、保健所に相談
- 定款変更認可取得後、司法書士による登記申請
- 保健所窓口で診療所開設許可申請(多くの場合、予約が必要)
- 開設許可申請手数料(約20,000円)の支払い
- 実地検査の実施
- 診療所開設許可取得
保健所によっては、書類の準備や提出方法について詳細な指示がある場合がありますので、事前に確認することをお勧めします。
書類の準備と作成部数
診療所開設許可申請の書類は、通常4~5セット作成します。
内訳は以下の通りです。
- 保健所提出用(1セット)
- 法人控え用(1セット)
- 業者への提出用予備(1セット)
- 厚生局提出用(1セット)
- 医療法人以外の方(行政書士など)用の控え(1セット、必要に応じて)
特に厚生局提出用のセットは、後の手続きで保健所提出書類の写しが必要になるため、あらかじめ準備しておくことが重要です。
書類の準備段階では、謄本の原本は正本にのみ添付し、その他のセットにはコピーを添付すれば問題ありません。
歯科診療所開設許可申請書の作成例
申請書の様式は各保健所のホームページからダウンロードするか、保健所窓口で入手することができます。
歯科診療所用の様式を使用することに注意してください。
以下、申請書の主な記載項目について説明します。
開設者情報
- 住所:医療法人の主たる事務所の所在地を記載
- 氏名:医療法人社団○○会 理事長○○○○のように法人名と代表者を記載
- 電話番号・FAX番号:医療法人の連絡先を記載
診療所の基本情報
- 名称:定款に記載された診療所名を正確にコピー&ペースト。手入力による転記ミスを避けることが重要です。
- 開設の場所:定款に記載された所在地を正確にコピー&ペースト。住居表示実施地域では「〇丁目〇番〇号」、未実施地域では「〇丁目〇番地〇」のように記載します。
- 診療科目:歯科の場合、標榜できる診療科目は「歯科・矯正歯科・小児歯科・歯科口腔外科」の4つのみです。実際に診療する科目を選択して記載します。
- 開設の目的:定款第3条の文言を記載します。通常「科学的でかつ適正な医療を普及するため」のような表現になります。
- 維持の方法:「診療報酬による」と記載するのが一般的です。
- 開設予定年月日:移転予定日を記載します(例:令和5年10月1日)。なお、移転は月初の1日付とすることで、医療機関コードの変更に伴う事務処理がスムーズになります。
- 従業者定員:職種別の従業員数を記載します。保健所によって実際の人数を記載する場合と、将来の増員を見込んだ人数を記載する場合がありますので、事前に確認しましょう。
建物・施設情報
- 敷地の面積:土地の全部事項証明書に記載されている面積を記入します。土地が複数筆ある場合は合計面積を記載します。
- 交通機関及び敷地周囲の見取図:
– 交通機関:「○○駅から徒歩○分」のように最寄り駅からのアクセスを記載
– 敷地の条件:用途地域(「近隣商業地域」など)と防火地域(「準防火地域」など)を記載
– 見取図:添付書類として「別添のとおり」と記載 - 建物の構造概要及び平面図:
– 建物別名称:ビル名がある場合記載(「○○ビル」など)
– 構造概要:建物の全部事項証明書の「②構造」部分をそのまま記載(例:「鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付3階建」)
– 建築面積:建物の全部事項証明書で最も広い階の面積を記載(通常は1階の面積)
– 延面積:建物全階の合計面積を記載
– ビルの一部使用の場合:「鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付3階建のうち 2階201号室 90.15㎡」のように記載
– 平面図:添付書類として「別添のとおり」と記載 - 歯科診療室:図面どおりの室名と面積を記載します。歯科診療室は構造設備の要件としてユニット1セットあたり6.3㎡以上、2セット以上の場合は1セットあたり5.4㎡以上必要です。
- 歯科技工室:図面どおりの室名と面積を記載します(該当する場合のみ)。
- エックス線装置及び診療室:
– 固定/携帯の別:「固定」または「携帯」と記載
– 用途:「歯科用(パノラマ)」「歯科用(デンタル)」等と記載
– 製作者名及び型式:エックス線業者に確認して記載
– エックス線診察室:放射線防護図に基づいて記載 - その他の施設:該当する室の名称と面積を記載します。書ききれない場合は別紙に記載可能です。
- 建築確認番号:建築確認済証に記載されている建築確認番号を記載します。不明な場合は役所の建築審査課などで調べることができます。
添付書類
診療所開設許可申請には以下の書類を添付します。
- 定款及び登記事項証明書:
– 定款:変更後の定款を提出します。保健所によっては原本証明が必要な場合があります。
– 登記事項証明書:移転の登記完了後の新しい謄本(完了謄本)を提出します。日程がタイトな場合は、登記申請の「受付のお知らせ」等で対応可能か保健所に確認しましょう。 - 土地及び建物の登記事項証明書:
– 法務局で取得した書類を提出します。テナントの場合は建物の謄本だけで構いません。
– 土地または建物を賃借する場合は賃貸借契約書の写しも添付します。多くの保健所では原本提示も必要です。 - 敷地の平面図:診療所が入るビルのフロア図などを準備します。
- 敷地周囲の見取図:Yahoo地図等を印刷したもので構いません。
- 建物の平面図:各室の面積が記載された診療所のレイアウト図面を提出します(縮尺100分の1以上)。実地検査時にこの図面と実際の状態が一致している必要があります。
- エックス線診療室放射線防護図:平面図及び立面図(縮尺50分の1)、壁及び鉛の厚さを記入したものをエックス線業者から取り寄せます。
- 案内図:最寄り駅から診療所までのアクセスがわかる地図を添付します。
実地検査について
診療所開設許可申請後、通常は実地検査が行われます。
実地検査の時期は保健所によって異なり、以下の3パターンがあります。
- 一般的なフロー:申請後、移転前の9月中旬頃に実施されます。これが最も一般的なパターンです。
- タイトなフロー:書類上の許可が下りて、移転直後(10月1日すぎ)に実地検査が行われます。
- 事後の場合:すべての手続き完了後(10月下旬頃)に実施される場合もあります。
保健所に相談する際、実地検査がどのタイミングで行われるか確認しておくことが重要です。
実地検査のポイント
実地検査では以下の点が確認されます。
- 管理者の立会い:管理者である歯科医師の立会いが必須です。
- 原本提示:歯科医師免許証、臨床研修修了登録証、賃貸借契約書などの原本を準備します。臨床研修修了登録証は、歯科医師の場合、平成18年4月以降に登録した先生が該当します。
- 院内掲示:以下の項目を記載した掲示を待合室等に準備します。
– 管理者氏名
– 診療に従事する歯科医師の氏名
– 歯科医師の診療日及び診療時間 診療所開設届に記載した内容と同一にする必要があります。特に、診療所の診療日時と管理者の勤務日時は一致させる必要があります。 - 図面との一致:申請書に添付した図面と実際の構造設備が完全に一致している必要があります。不一致があると図面の修正や最悪の場合は工事のやり直しが必要になる場合もあります。
- 部屋の用途表示:各部屋の入口に「歯科診療室」「歯科技工室」等のプレートを掲示します。図面の表記と完全に一致している必要があります。
- エックス線装置の検査:多くの保健所ではレントゲン検査も同時に実施されます。レントゲン業者と連絡を取り、必要な表示や器具等の準備を依頼し、実地検査当日は同席をお願いしましょう。
- 指針・手順書等:医療の安全管理体制の整備が医療法で義務付けられています。医師会等のホームページからひな型を入手し、自院用に手直しして準備しておきましょう。
その他の確認ポイント
実地検査では以下の点も確認されることがあります。
- 感染性廃棄物の処理:感染性廃棄物処理契約書を準備し、適切な保管場所(患者のアクセスが不可能な場所)を確保します。
- 消火設備:消火器の設置と位置確認を行います。
- 医薬品の保管場所:患者の手の届かない場所での保管を確認します。毒薬や麻薬を取り扱う場合は、専用の保管場所が必要です。
- 手指洗浄:すべての水回りに手指用洗浄剤または消毒剤とペーパータオルを準備します。
- カルテの保存方法:電子カルテの場合はパスワード管理、紙カルテの場合は施錠管理等を確認します。
実地検査は保健所によって厳しさが異なります。
簡単な確認で終わる場合もあれば、詳細にわたる検査が行われる場合もあります。
指摘事項があった場合は迅速に対応することで大きな問題を避けることができます。
診療所開設許可後の流れ
診療所開設許可が下りた後、実際に移転(例:10月1日)を行い、その後速やかに以下の手続きを行います。
- 診療所廃止届:移転前の診療所について9月30日廃止として提出します。
- 診療所開設届:移転後の診療所について10月1日開設として提出します。
- エックス線装置廃止届・設置届:エックス線装置がある場合は提出が必要です。これらはエックス線業者が作成することが多いため、早めに手配しましょう。
- 厚生局への保険医療機関廃止届と保険医療機関指定申請:保健所の手続き完了後、厚生局で保険診療に関する手続きを行います。
- 施設基準の届出:移転前と同じ施設基準については遡及して算定開始が可能です。
これらの手続きは10月1日以降、できるだけ早く行うことが重要です。
特に厚生局の手続きには毎月の締切日(例:10日)があり、これを過ぎると翌月の手続きとなるため注意が必要です。
歯科診療所特有の注意点
歯科診療所の開設許可申請では、以下の点に特に注意が必要です。
- 診療科目の制限:歯科の場合、標榜できる診療科目は「歯科・矯正歯科・小児歯科・歯科口腔外科」の4つのみです。これら以外の科目は標榜できません。
- 構造設備の要件:歯科治療室はユニット1セットあたり6.3㎡以上、2セット以上の場合は1セットあたり5.4㎡以上必要です。また、歯科技工室を設ける場合は適切な広さを確保する必要があります。
- エックス線装置:歯科用パノラマ装置やデンタル装置を設置する場合、適切な防護措置が必要です。エックス線業者と連携して、漏洩防護の計算や漏洩線量測定を実施しておく必要があります。
- 滅菌設備:歯科診療で使用する器具の滅菌設備が適切に配置されているか確認します。
まとめと留意点
歯科診療所の移転における診療所開設許可申請は、移転先での診療開始に不可欠な手続きです。
以下の点に留意しながら進めることをお勧めします。
- 定款変更認可申請の段階から、診療所の名称と所在地の表記に細心の注意を払いましょう。
- 工事着工前に、業者に保健所へ出向いてもらい、構造設備に問題ないか確認することが重要です。
- 書類は複数セット作成し、各手続きに備えましょう。
- 実地検査に向けて、図面と実際の構造設備の一致、法令遵守の確認などを入念に行いましょう。
- 移転は月の初日(1日付)に行うことで、医療機関コード変更に伴う事務処理を効率化できます。
- 保健所によって手続きの詳細や必要書類が異なる場合がありますので、早めに管轄の保健所に確認しましょう。
診療所移転は複数の役所にまたがる手続きが必要で、予想以上に時間と労力を要します。
全体の流れを把握し、計画的に進めることが成功のカギとなります。
特に診療所開設許可申請は移転の要となる手続きですので、余裕をもって準備を進めることをお勧めします。
